薬剤師ブログ

2011.05.24
宮城支援の報告

今回は薬局長がゴールデンウィーク中に、宮城へ支援へ行ってきました。薬局長の手記と写真をここに載せたいと思います。

デジカメを使いこなせないあの薬局長が、今回は珍しく現地で写真を撮ってきましたよ!!(`・ω・´)エライ!!

 

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52日~5日避難所の支援行動に行ってきました。

神戸協同病院の職員、東神戸病院、東神戸薬局、尼崎生協病院の組合員さん等の混成チーム約20名でバスに乗り52日夜神戸を出発しました。

 

3日の朝9時みやぎ県南医療生協しばた協同クリニック前に到着。遠かったよ~

クリニックには休日にもかかわらず沢山患者さんが来てました。

 

 

宮城県南.JPG

 

950分岩沼市に入りました。

体育館みたいなところは避難所になっています。外には被り物の人が!支援に来た人でしょうか?

ボランティアセンターの前には数百人の人の列が!!

 

10時過ぎ真庭区民会館到着。木造平屋の古い小学校の分校址で、100人くらいの人がここに避難しています。昼間はほとんどの人が仕事やなんかに出かけているので中にはあまり人がいません。

近くのお家の庭のがれき撤去とバーベキュー準備の班に分かれて行動。

持ってきたヨーグルトを避難所の人たちに配りました。

 

その後交代で車に乗り海岸方面の視察へ。

バスで通ってきた道から海側は津波でほとんどの家が流されたり、1階部分が壊れたりしています。あまりの光景に一緒に行った人たちも言葉を失っていました。

 

 

海岸方面.JPG

 

戻ってきた後は支援物資の古着の仕分けをしました。

沢山の古着が送られてきていますが、仕分けができずに段ボールに入れたままになっています。これを用途別、男女別などに分けて仕分けて行きました。バザーの準備みたいです。

 

 

手が空いた時間に近所の墓地へ。

津波に遭って亡くなられた人たちの火葬が間に合わないため、沢山の方が土葬されています。まだ身元が分からない方もあり、そのような方は墓標に番号が書かれていました。

みんなで手を合わせて冥福を祈りました。

 

そろそろバーベキューの準備をと思ったら雨が!!

テントを大急ぎで組み立て、コンロをテントの下へ運んで準備開始。

夕方から避難所の中で三味線の演奏がありそれが終わったらバーベキュー開始です。

肉も野菜もどんどん焼いても人数が多いので焼いた先からなくなります。手打ちうどんもごはんもおいしいと好評でした。

 

何とか雨の中でのバーベキューをやり遂げ、夜8時ごろ撤収、本日の宿泊地船岡に向かいました。長い1日だった~

 

翌日は朝8時半から昨日の後片付け、9時半から2班に分かれ健康チェックと近所の家の床下の泥かき作業に入りました。

 

私は健康チェック班になったので、避難所の中で数人の方とお話ししました。

お薬を飲んでいる方もいるものの血圧、血糖ともおおむね良好、避難所の食事も毎回野菜が入っていてバランスも取れているとのこと。

いちごと米を作っている農家の方で、坂元駅のすぐ近くに家があった。地震の後すぐに戻れると思って避難したのに全て流されてしまった。農地は海水をかぶってしまい、いつになったら農業を再開できるのかわからないと話されていました。

 

11時ごろから泥かき作業に合流。

避難所の近所のお家は海から少し離れているので、見たところほとんど被害を受けていませんが、この辺にも海水がはいってきて床下に泥が溜まっている状態。避難所にいる方には食事も提供され、いろいろな援助が入っているが、お家でいる方にはほとんどなんの援助もない状況だということでした。

 

床下の泥やがれきは本当に重たくて、これを家族だけで片付けるのは無理だなーと思いました。

今回は1件のお家だけでしたので20近くの人手で一気に片付きました。

 

お昼頃避難所を出発、渋滞を避けるため今晩は新潟に宿泊し、明日朝神戸に向かいます。

 

夕方5時半柏崎に到着。翌朝7時半神戸に向かい出発、昼3時過ぎごろ神戸に戻ってきました。実際現地で動けたのは2日間だけだったけど長~い4日間でした。

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